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大阪地方裁判所 昭和59年(行ウ)164号 判決 1987年8月06日

原告

長谷部良吉

右訴訟代理人弁護士

間瀬場猛

西枝攻

海川道郎

被告

西淀川税務署長北山忠男

右指定代理人

佐藤明

浅利安弘

大崎直之

黒仁田修

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、原告に対し、昭和五八年七月一一日付でした原告の昭和五五年分ないし昭和五七年分の所得税の各更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分のうち、総所得金額が昭和五五年分については一九〇万二一七〇円を、昭和五六年分については一九一万五七七〇円を、昭和五七年分については二一〇万三四〇〇円をそれぞれ超える部分をいずれも取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、サツシ取付業を営む者である。

2  原告は、被告に対し、いずれも法定期限内に、昭和五五年分ないし昭和五七年分の各所得金額を別表一の確定申告欄記載のとおり確定申告をしたところ、被告は、昭和五八年七月一一日、原告に対し、別表一の更正処分欄記載のとおりの各更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定処分(以下「本件各処分」という。)をし、同月一二日、その旨原告に通知した。

3  原告は、昭和五八年七月二〇日、被告に対し、異議申立をしたところ、被告は、同年一〇月一一日、原告の異議申立を棄却するとの決定をしたので、原告は、同年一一月一一日、国税不服審判所長に対し、審査請求をしたが、同所長は、昭和五九年八月二一日、審査請求棄却の裁決をし、右裁決は、同年九月五日、原告に送達された。

4  しかし、被告のした本件各処分は、原告が被告の部下職員に対し、帳簿を整理終了次第見せると申入れていたのに、一方的に調査を打切つて推計に基づいてなしたものであり、また、原告が商工会員であることから、他の納税者とは差別的に、商工会の弱体化を企図してなされたもので、手続的に違法であり、かつ、本件各処分のうち、各確定申告にかかる総所得金額を超える部分は、原告の所得を過大に認定したもので、違法である。

5  よつて、原告は、被告に対し、本件各処分のうち、確定申告による総所得金額を超える部分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の事実及び主張は争う。

三  被告の主張

1  本件各処分に至る経過

(一) 被告は、原告が提出した昭和五五年分ないし昭和五七年分の確定申告書に記載された所得金額が適正なものか否かを確認するために、部下職員に原告の所得税調査にあたらせた。

(二) 右部下職員は、昭和五八年六月一五日以降、六回にわたつて原告の肩書住所地に臨場し、原告と面接のうえ、あるいは連絡箋により、帳簿書類等を提示するよう求め、所得税調査に協力するよう要請した。これに対して、原告は、同月一八日に面接を受けた際に、昭和五五年分の金銭出納帳を提示して簡単な事業内容の聞取り調査には応じたが、昭和五六年分及び昭和五七年分の帳簿は商工会に預けているが取りに行つても返してくれない旨述べ、それらの帳簿の指示に応じず、また、領収書等の原始記録の提示の求めに対しても、整理ができていないので待つて欲しい旨述べるのみでこれに応じなかつた。以後、原告は、被告の部下職員から、肩書住所地において、再三連絡箋により、面接のうえ帳簿書類及び原始記録の提示を行うよう調査に対する協力を依頼されたにもかかわらず、商工会の方でまだ整理ができていないのでもう少し待つてほしい旨電話で二回連絡してきたほかはなんらの応答もせず、調査に協力しようとしなかつた。

(三) そこで被告は、やむをえず、推計により所得金額を算定することとし、原告の売上先等を調査した結果に基づいて昭和五五年分ないし昭和五七年分の所得金額を算定したところ、いずれの年分も原告の申告額を上回つたので本件各処分をした。

2  事業所得金額

被告が主張する原告の係争各年分の事業所得金額は、次のとおりであり、その明細は、別表二記載のとおりであつて、右各事業所得金額の範囲内でなされた本件各処分に違法はない。

(一) 昭和五五年分 七四六万四五三三円

(二) 昭和五六年分 六三二万二一八八円

(三) 昭和五七年分 四二〇万八六三一円

3  事業所得金額の内訳

(一) 売上金額

原告の係争各年分の売上金額は、次のとおりであり、その明細は、別表三記載のとおりである。

(1) 昭和五五年分

一八七二万二一八〇円

(2) 昭和五六年分

一五二六万七三〇〇円

(3) 昭和五七年分

一二三三万一一八〇円

(二) 算出所得金額

原告の係争各年分の算出所得金額は、前記(一)の売上金額に別表四ないし六記載の六名の各同業者(以下「本件各同業者」という。)の所得率(売上金額から外注費、雇人給料・賃金及び一般経費を控除した金額の売上金額に対する割合、以下「算出所得率」という。)の平均値である昭和五五年分については39.87パーセント、昭和五六年分については41.41パーセント、昭和五七年分については34.13パーセントを乗じて算出したもので、その金額は、次のとおりである。

(1) 昭和五五年分 七四六万四五三三円

(2) 昭和五六年分 六三二万二一八八円

(3) 昭和五七年分 四二〇万八六三一円

(三) 支払利息

原告は、昭和五七年中に大和銀行歌島橋支店に利息として一〇万六七二二円を支払つたが、右金額は、原告が長野県において家屋を取得するための資金として同銀行から借入れた分に対する利息であり、右家屋は事業とは関係のないものであるから、右支払利息は、必要経費にあたらず、したがつて、支払利息は存しない。

4  調査手続の適法性及び推計の必要性

本件税務調査の経過は前記1のとおりであつて、その手続になんら違法な点はない。また、被告は、原告から、実額計算をなしうる帳簿書類の提示等調査への協力を得られず、その所得金額を把握することが不可能であつたのであるから、原告の本件係争各年分の所得金額を推計によつて認定する必要性があつた。

5  推計の合理性

(一) 被告は、本件各同業者として、原告が事業所を有する西淀川及びこれに隣接する大阪福島、東淀川、尼崎の各税務署に青色申告により所得税の確定申告をしている者で、本件係争各年分を通じて次の(1)ないし(7)のすべての条件に該当する者を選定した。

(1) サッシ取付業を営んでいること。

(2) 材料仕入がないこと。

(3) 他の業種目を兼業していないこと。

(4) 年間を通じて事業を継続して営んでいること。

(5) 事業所が自署管内にあること。

(6) 売上金額が五〇〇万円以上、三二〇〇万円未満であること。

右売上金額の範囲は、上限を原告の昭和五五年分の売上金額のおよそ二倍、下限を原告の昭和五七年分の売上金額のおよそ二分の一としたものである。

(7) 不服申立または訴訟継続中でないこと。

(二) 本件各同業者は、業種、業態、事業所の所在地、規模等において原告と類似性を有する。また、その申告の正確性について裏付けを有する青色申告者であるから、これに基づき算出された数額は正確である。そして、被告は、前記条件に該当する者のすべてを選定したものであつて、その選定には恣意の介在する余地はなく、その結果得られた同業者数は六名であり、その平均値は、普遍性を担保しうる。

したがつて、本件各同業者の算出所得率の平均値を用いて原告の本件係争各年分の所得金額を推計したことには合理性がある。

(三) なお、原告の業種においては、労務関係の費用は、売上金額と直接的に対応するもつとも主要な原価にほかならないから、算出所得率を算定するにあたつては、外注費及び雇人給料・賃金を工事原価とした。本件各同業者のうちには、外注費あるいは雇人給料・賃金だけの者と、双方を有するものとがあるが、本件各同業者は、材料仕入れのない手間仕事だけの工事業者であるから自ら従業員を雇用して営業するか、外注に依存するかによる差異は、単なる名目的ものに過ぎず、外注費と雇人給料・賃金は労務費として一体のもの、相補関係にあるものとして売上原価を構成するといえる。原告の場合、雇人二人が継続して従事しているが、仮に、その給与支給額について明らかであつたとしても、他の臨時的なものを含めた労務費全体が不明である以上、外注費と雇人給料・賃金の双方を工事原価とした本件同業者の算出所得率の平均をもつて所得を算定したことには合理性がある。

四  被告の主張に対する認否

1  被告の主張1の事実のうち、(一)の事実は知らない。

同(二)の事実は否認する。同(三)の事実は知らない。

2  被告の主張2の事実は争う。

3(一)  被告の主張3(一)の事実のうち、原告の係争各年分の売上金額が別表三の証拠等欄に「争いなし」と記載のあるものに対応する取引金額欄記載の金額(昭和五五年分が一六〇二万三一八〇円、昭和五六年分が一四一九万七三〇〇円、昭和五七年分が一〇八四万一〇〇〇円)であることは認めるが、その余の事実は否認する。

(二)  同3(二)の事実は争う。

(三)  同3(三)の事実のうち、原告が昭和五七年中に大和銀行歌島橋支店に利息として一〇万六七二二円を支払つたことは認めるが、その余の事実は否認する。右利息は原告の事業のための必要経費として支払つたものである。

4  被告の主張4、5は争う。

五  原告の反論

1  事業所得金額

原告の係争各年分の事業所得金額は、次のとおりであり、昭和五七年分の明細は、別表七記載のとおりである。右事業所得金額の算出方法は、昭和五七年分についてはすべて実額であり、昭和五五年分及び昭和五六年分については、右各年分の売上金額に、原告の昭和五七年分の算出所得率(売上金額から一般経費及び特別経費―但し、支払利息を除く―を控除した金額の売上金額に対する割合)約20.39パーセントを乗じて算出所得率は、長期にわたり同一の業務を同一形態で継続している原告の所得率を正しく反映しているものであり、これをもつて、昭和五五年分、昭和五六年分の原告の所得金額を算定することは、被告が主張する営業形態、規模、収益性の異なる他の業者の平均所得率によつて推計をするより合理性を有する。

(一) 昭和五五年分 三二六万七一二六円

(二) 昭和五六年分 二八九万四八二九円

(三) 昭和五七年分 二一〇万三四〇〇円

2  事業所得金額の内訳

(一) 売上金額

原告の係争各年分の売上金額は、次のとおりであり、その明細は、別表三の証拠等欄に「争いなし」と記載のあるものに対応する取引金額欄記載のとおりである。

(1) 昭和五五年分

一六〇二万三一八〇円

(2) 昭和五六年分

一四一九万七三〇〇円

(3) 昭和五七年分

一〇八四万一〇〇〇円

(二) 一般経費

原告の昭和五七年分の一般経費は、二四五万二二七八円であり、その明細は、別表八の一般経費の明細欄記載のとおりである。

(三) 特別経費

原告の昭和五七年分の特別経費は、六二八万五三二二円であり、その明細は、別表八の特別経費の明細欄記載のとおりである。

六  原告の反論に対する認否及び主張

1  原告の反論1、2の事実は否認する。

2  課税庁において、その主張する推計課税の合理性について一応の立証をした場合には、特段の立証がない限り、これをもつて真実の所得であると認定される。これを実額の反証によつて覆そうとする者は、その主張する実額が真実の所得額に合致することを証明しなければならないが、そのためには、単に、収入及び経費の一部を立証すれば足りるものではない、その収入金額がすべての取引先からの総収入金額であり、かつ、経費の額がその収入と対応する経費であることをも立証しなければならない。しかし、原告の昭和五七年分の所得についての実額の主張は、次のとおり、不十分なものであるから、実額計算は不可能というべきであり、さらに、その計算の結果を基礎とした昭和五五年分及び昭和五六年分の推計による所得金額の主張も失当である。

(一) 原告は、売上金額については、被告の当初の主張額を認めたうえで、経費の実額を主張するが、売上については、実額を把握することができる帳簿、原始記録を提出していない。ところで、被告の当初の売上金額の主張は、原処分の調査において、昭和五五年分の金銭出納帳の提示及び簡単な事業内容の聞取りを行いえたほかは原告から協力を得られない状況下において、反面調査等を行つた結果把握しえた一部の売上金額である。また、本訴に至つてから、把握された売上金額も、銀行への小切手等の入金をもとに把握したものであることや、原告が従業員名義でも取引を行つていることなどからして、別表三記載の売上金額は、限定された範囲内で把握されたものであつて、すべての売上金額とはいいがたい。

(二) また、昭和五七年分の一般経費、特別経費の実額の原始記録として、原告が提出、援用する証拠は、証拠力の低いものも少なくなく、右実額が証明されたとはいえない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。

二本件各処分の手続的適法性及び推計の必要性

原告は、本件各処分は、違法な税務調査手続に基づき、また、推計の必要性が存しないのになされた違法な処分である旨主張するので、まず、この点について判断する。

1  <証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。

被告の部下職員である吉塚典史は、原告の係争各年分の所得税に関する調査のために、昭和五八年六月一五日、原告の自宅に赴いたが、原告が不在であつたので、再度の来訪予定の日と、その際に係争各年分の申告の基礎となつた帳簿や原始記録を用意しておくよう記載した連絡箋を残した。その後、吉塚は、同月一八日、再度原告方を訪れ、原告に対し、係争各年分の所得税調査に赴いた旨告げ、原告の事業内容、得意先関係について聴取するとともに、係争各年分の帳簿及び原始記録の提示を求め、原告から、昭和五五年分の金銭出納帳の提示を受けたが、昭和五六年分、昭和五七年分については、西淀川商工会に預けてあつて、未整理であるとして提示を受けられなかつたので、次の調査の機会までにそれらを取寄せて提示するよう求め、提示のあつた昭和五五年分の金銭出納帳を預つた。その後間もなく、吉塚は、原告方への臨場調査と並行して原告の取引先の反面調査に着手した。吉塚は、同年七月一日まで数回にわたり、原告方に赴いたが、いずれも不在のため原告と会うことができず、その間、原告から二度程電話で、商工会に預けてある帳簿等は未整理であるとして提示の猶予を懇請されたが、その際、原告に対し、早期に帳簿、原始記録等を提示するよう求めるとともに、もし、提示がない場合には、推計によつて所得額を算出せざるをえないと伝えた。吉塚は、同年七月一日、原告宅に赴いたところ、原告が不在であつたので、同月四日までに必ず連絡するよう記載した連絡箋を投函したが、その期限の日までに原告から連絡がなかつた。被告は、吉塚の右調査の経過から、原告からはすでに提示のあつた分以上の帳簿、原始記録等の提示は得られないと判断して、推計によつて所得額を算出し、同月一一日付で本件各処分をした。

以上の事実が認められ、<証拠>中右認定に反する部分は措信しがたく、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

2  右1で認定した事実によると、本件の税務調査手続に違法な点は認められない。

原告は、被告が、商工会の弱体化を企図して、原告を商工会員であることを理由に他の納税者とは差別的な扱いをして本件各処分をしたと主張し、<証拠>によれば、原告が西淀川商工会の会員であり、原告の税務調査にあたつた被告の部下職員が右の事実を知つていたことが認められるが、被告が商工会の弱体化を企図し、原告を商工会員であることを理由に他の納税者とは差別的に扱つたとの事実を認めるに足りる証拠はない。

また、右1で認定した事実によると、被告が原告の帳簿、原始記録等によつて原告の係争各年分の所得の実額を算出することは困難であつたと考えられるから、推計による課税処分の必要性があつたというべきである。

三そこで、原告の本件係争各年分の所得金額について検討する。

1  原告が、サッシ取付業を営む者であることは当事者間に争いがなく、<証拠>によれば、原告の営業形態は、サッシメーカーや商社などから建築用サッシの取付の依頼を受け、主に学校、工場、ビルなどの現場でその窓やドアにサッシを取付け、その手数料の支払を受けるというもので、右手数料収入が売上となるが、材料のサッシは注文主のメーカー等から支給を受け、その搬入も主としてメーカー等が行うので、材料仕入はないこと、係争各年を通じて、従業員は臼井淳一、桑野佳英の二名いたが、他に一、二名の人夫を臨時に雇つた日も少なからずあつたことが認められる。

2  本件係争各年分の原告の事業所得金額

(一)  売上金額

原告の係争各年分の売上金額として、別表三の証拠等欄に「争いなし」と記載してあるものに対応する取引金額欄記載の売上金額(昭和五五年分が一六〇二万三一八〇円、昭和五六年分が一四一九万七三〇〇円、昭和五七年分が一〇八四万一〇〇〇円)が存することは当事者間に争いがない。

<証拠>を総合すれば、原告は、別表三記載のとおり、右のほかに、従業員臼井淳一名義でも取引をし、昭和五五年中に、株式会社兵庫小川製作所に一〇四万七〇〇〇円、岩井義武に一五万円、上田建設工業株式会社に二〇万円、株式会社ダンヨウに七三万五〇〇〇円、合計二一三万二〇〇〇円、昭和五六年中に、岩井義武に四六万円、昭和五七年中に、岩井義武に六万円、林晴生に六万円、ミエ工業坂井登に一三七万一八〇円、合計一四九万一八〇円の各売上を有したことが認められる。

被告は、原告が、ほかに株式会社西日本シャッター製作所(以下「西日本シャッター」という。)に対し、昭和五五年中に五六万七〇〇〇円、昭和五六年中に六一万円の各売上を有する旨を主張し、<証拠>を総合すれば、原告は、前記株式会社兵庫小川製作所等の取引先から、従業員の臼井淳一名義で受注し、同人名義の請求書、領収書を発行し、同人名義の預金口座に売上金の入金を受けていたこと、ところが、西日本シャッターの昭和五五年分の外注費等を記載した帳簿(乙第一二号証)には、「神戸市東区岡本五丁目」の「臼井準一」に対するシャッター及びサッシ取付工事外注費合計三一万七〇〇〇円、「茨木市駅前町五一〇」の「桑野佳夫」に対するサッシ取付外注費二五万円(以上合計五六万七〇〇〇円)の記載が、同じく昭和五六年分の外注費等を記載した帳簿(乙第一三号証)には、右「臼井準一」に対するシャッター及びサッシ取付工事外注費合計三一万円、「桑野佳英」に対するサッシ取付外注費三〇万円(以上合計六一万円)の記載があり、また、昭和五六年分の右費用に対応する臼井準一及び桑野佳英作成名義の西日本シャッター宛請求書、領収書(乙第一四、第一五号証の各一、二)が存在することが認められる。

しかし、<証拠>を総合すると、臼井準一及び桑野佳英作成名義の右請求書、領収書は原告の従業員や原告が作成したものではないこと、原告の従業員の氏名は「臼井淳一」と「桑野佳英」であつて、その住所は、臼井淳一が「神戸市東灘区西岡本五―一二―一〇」桑野佳英が「宝塚市米が丘一―一三―一六」であつて、西日本シャッターの帳簿記載の外注先は原告の従業員とは氏名、住所とも相違していること、原告が従業員臼井淳一名義で取引した西日本シャッター以外の受注先については、その名義人の住所氏名は正確に記載されていたことが認められ、これらの事実に照らすと、前記西日本シャッターの昭和五五年分及び昭和五六年分の外注費を原告が従業員名義でした取引によるものと認めることはできず、他に被告主張の右売上を認めるに足る証拠はない。

そうすると、原告の係争各年分の売上金額は、昭和五五年分が一八一五万五一八〇円、昭和五六年分が一四六五万七三〇〇円、昭和五七年分が一二三三万一一八〇円となる。

(二)  算出所得金額(売上金額から一般経費及び雇人給料・賃金を控除したもの)

(1) <証拠>を総合すれば、被告の指定代理人である黒仁田修は、推計により原告の所得金額を算出するのに必要な同業者の選定につき、原告と営業種目、営業地域、事業規模等の類似性を担保するため、原告の事業所所在地を所轄する西淀川税務署長及びこれに隣接する地域を所轄する大阪福島、東淀川、尼崎の各税務署長に対し、大阪国税局長の一般通達に基づき、青色申告により所得税の確定申告をしている者で、本件係争各年分を通じて、サッシ取付業を営んでいること、材料仕入がないこと、他の業種目を兼業していないこと、年間を通じて事業を継続して営んでいること、事業所が自署管内にあること、売上金額は被告が原処分時に反面調査によつて把握した原告の係争各年分の売上金額のうち最も少いもののおよそ二分の一である五〇〇万円以上、右売上金額のうち最も多いもののおよそ二倍の三二〇〇万円未満であること、不服申立または訴訟継続中でないことという基準のすべてに該当する同業者のすべてにつき、売上金額、売上原価(差引原価、外注費、雇入給料・賃金を含め、それぞれを別個に記載する。)、一般経費(外注費、雇人給料・賃金及び利子割引料、地代家賃等の特別経費を除く。)を記入した同業者調査表の作成、提出を求めたところ、大阪国税局長に対し、西淀川、東淀川各税務署長から各一件、尼崎税務署から四件の同業者調査表が送付されたこと、右調査表に基づいて、同業者六名の算出所得率の平均値を算定すると、別表四ないし六記載のとおり、昭和五五年分が39.87パーセント、昭和五六年分が41.41パーセント、昭和五七年分が34.13パーセントとなることが認められ、右認定に反する証拠はない。

(2) 右認定事実によれば、原告の所得を推計するための算出所得率を算定する目的で被告が選定した同業者六名の選定基準は、業種の同一性、事業場所の近接性、業態、事業規模の近似性等の点で、同業者の類似性を判別する要件としては合理的なものであり、右同業者の選定にあたつて被告の恣意が介在する余地は認められないうえ、右各同業者は、いずれも一年間を通じて事業を継続する青色申告者であつて、その申告が確定していることから、右各同業者の算出所得率の算定根拠となる資料は正確性の高いものであり、かつ、選定された同業者数は六名であつて、同業者の個別性を平均化するに足りる件数であると考えられる。

(3) そこで、前記(一)の原告の係争各年分の売上金額に本件各同業者の算出所得率の平均値を乗じて原告の本件係争各年分の算出所得金額を算定すると、昭和五五年分が七二三万八四七〇円、昭和五六年分が六〇六万九五八七円、昭和五七年分が四二〇万八六三一円となる。

(三)  支払利息

原告は、昭和五七年分の必要経費として、大和銀行歌島橋支店への支払利息一〇万六七二二円があると主張し、右利息支払の事実は当事者間に争いがない。

しかし、<証拠>を総合すれば、右支払金額は、原告が昭和五六年一二月二一日に右銀行から借入れた三〇〇万円に対する利息であるが、原告は、右借入の日の翌日である同月二二日に右借入金が入金された口座から飯田信用金庫駒場支店の原告名義の普通預金口座に借入額と同額の三〇〇万円を入金したこと、右口座には住宅金融公庫から同年九月一〇日に二四三万六六〇円、昭和五七年三月二六日に一五四万一三七五円、合計三九七万二〇三五円の振込入金があつたこと、一方、同口座から有限会社安江建設の口座に対して昭和五六年一二月二八日に一五〇万円、昭和五七年三月三一日に一三四万五〇〇〇円、合計二八四万五〇〇〇円の出金があつたこと、原告は、昭和五六年末ころ郷里である長野県に家屋を建築したことが認められ、これらの事実を総合すると、右の借入は、原告が長野県に家屋を建築する資金の一部を調達するためになされたものであると推認される。<証拠>によれば、原告の事業所は、長野県には存せず、右家屋は、事業に供されるものではないと認められるから、前記支払利息を原告の昭和五七年分の必要経費とすることはできない。

(四)  地代家賃

<証拠>によれば、原告は、坂本光吉から、原告の事業に供している自動車の保管場所としての車庫を賃料一か月一万三〇〇〇円の約定で賃借し、昭和五七年分の賃料として合計一五万六〇〇〇円を支払つたことが認められる。右事実によれば、右の一五万六〇〇〇円を原告の昭和五七年分の必要経費と認めるのが相当である。

3  以上の次第で、原告の本件係争各年分の事業所得金額は、昭和五五年分が七二三万八四七〇円、昭和五六年分が六〇六万九五八七円、昭和五七年分が算出所得金額四二〇万八六三一円から特別経費である車庫代一五万六〇〇〇円を控除した四〇五万二六三一円となる。

四原告の実額主張について

原告は、昭和五七年分の事業所得をすべて実額で算出し、昭和五五年分及び昭和五六年分については、右各年分の売上金額に、原告の昭和五七年分の算出所得率約20.39パーセントを乗じて算出すべき旨を主張する。

ところで、原告の実額主張が被告の推計による所得額算出に対する有効な反証たりうるためには、推計を不要ならしめる程度の合理的な立証が要求されるもので、売上金額についていえば、すべての取引先に対する総売上額を主張、立証すべきものというべきであり、原告主張の売上金額が売上の一部であり、他に売上が存する蓋然性が認められるときには、原告の経費実額だけの主張、立証は、被告の推計による所得算出に対する有効な反証とはならないものと解するのが相当である。けだし、限定的に把握された売上金額から、経費についてのみ実額で総額を差引くことによつて算出された金額が所得の実額に近似しない数値となることは明らかであるからである。

本件につきこれをみるに、原告は、昭和五七年分の所得額につき、被告が当初主張した同年分の売上金額及びその明細(別表三の証拠等欄に「争いなし」と記載のあるものに対応する取引金額欄記載の金額合計一〇八四万一〇〇〇円)を認めたうえで、別表八記載のとおり、一般経費の実額を合計二四五万二二七八円、特別経費の実額を合計六二八万五三二二円と主張し、右争いのない売上金額から右経費を控除したものを所得金額と主張して、売上金額についての立証を一切していない。

しかしながら、原告の本件における売上金額の主張は、ほかに売上がないものという趣旨ではなく、原処分時及び本件訴訟中に反面調査等によつて判明した原告の売上金額をとりあえず推計の基礎としての売上金額として主張するというものであることは明らかであり、現に原告が係争各年分の所得金額算定の基礎として主張する売上金額(被告の当初主張の売上金額)のほかにも、売上が存し、その金額は、昭和五五年分が二一三万二〇〇〇円、昭和五六年分が四六万円、昭和五七年分が一四九万一八〇円もの多額に達していること、右売上は、原告が従業員臼井淳一名義を使用して行つたものであることは前記三2(一)で認定したとおりであつて、これらの売上は、本件訴訟中の被告の金融機関等に対する調査の結果はじめて判明するに至つたものであることは弁論の全趣旨によつて明らかであり、しかも、<証拠>によると、原告は、当初被告の当初の売上主張分以外には取引先はない旨供述していたが、その後、被告指定代理人らから臼井宛の請求書、同人名義の領収書(乙第九号証の三ないし七、第一〇号証の二)、取引先の当座預金の出金状況(乙第一一号証)、臼井名義の預金口座の入金状況(乙第二一号証)等を示され、臼井名義で取引をし、同名義の売上額があることを認めるに至つたことが認められ、これらの事実からすると、原告が、ほかにも従業員の臼井あるいは桑野名義で取引をした売上が存在する蓋然性があると考えられるのであつて、原告の前記三2(一)で認定した係争各年分の売上金額を原告の総売上金額と認めることはできない。

そうすると、原告の、昭和五七年分の所得額の実額の主張は実額主張としての合理性を欠き、推計による所得額の算定についての有効な反証とはなしえないものというべきであり、したがつて、原告の昭和五七年分の算出所得率による昭和五五年分及び昭和五六年分所得の算出の主張も合理性を欠くものであつて、理由がない。

五よつて、本件各処分は、原告の前記三3の係争各年分の各事業所得金額の範囲内でなされたものであつて、いずれも適法であり、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官山本矩夫 裁判官佐々木洋一 裁判官植屋伸一)

別表一〜八<省略>

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